【心上】「再録本 SHINSO HITOSHI×KAMINARI DENKI」
- 物販商品(自宅から発送)あんしんBOOTHパックで配送予定¥ 600
11/5(土)22:00~11/6(日)21:50開催 PLUTRA PLUS!! ~2022秋~ にて心上再録本を頒布します。 A5/本文96ページ 2020年に頒布・完売した心上本を掻き集めて再録しました。 書き下ろしはありません。 ノベルティでしおりがつきます🐈
サンプル
●にちにちこれこうじつ (プ口ヒ、同棲、飼い猫あり設定) 「ん……ッ……ふ……」 つい今しがた眠りに就いたと思ったら、泥のように溶け沈む意識を掬い上げるかのような、ぬめった感触が上鳴の唇を襲う。微睡の中、恋人の戯れかと目を瞑ったまま手を伸ばそうとして、いつもの好き勝手咥内を弄る肉厚な舌とは違うことに気づいた。 「ん?」 ぱちり、と大きな猫目を開けば、上鳴の眼前に 「にゃぁ」 と、愛猫のやや不満げな顔があった。 「おわっ なんだタマか~!」 途端にくしゃりと破顔する飼い主に、タマ、と呼ばれた黒猫はにゃあ、ともうひと鳴きする。 「おはよー。しんそーは? ん? もう行ったか? て、今なん時だ?」 まだ完全には覚醒していない頭で、恋人のシフトを思い出す。確か今日は半ドンで帰ってくる日だったはず、とベッドのサイドボード上に置いたスマートフォンを手に取ると、画面に指を滑らせた。タマの顎や耳の付け根を、反対の指先だけでくすぐるように撫でながら、二人の共通のスケジュール表を開いた。 「あ、やっぱり。喜べ、タマ。今日はしんそーの帰宅が早いぞ~」 弾む声に、タマは目を細めて喉を鳴らす。 まぁ俺は夜勤なんだけどね、と不満そうに零す飼い主に、くりっと大きな銅色の目を向けて慰めるようににゃあと鳴けば、 「タマは優しいなぁ。美人さんだし、外に出したら変なのがすーぐ寄ってきちゃうな~」 と、だらしない顔をくっつけようとするものだから、タマは両前脚を突っ張るのだった。 「ちぇっ チューさせろよ~タマぁ~っ」 「にゃぁっ」 「イテテテ! もー! わかったよ。ごめんって……ふぁ~ぁっ。さて、飯にしよっかな」 上体を起こして大きく伸びをすると、上鳴はタマを床に降ろしてベッドから立ち上がった。時刻は昼の十二時十分になろうとしていた。 心操とタマと暮らす上鳴の日々は忙しい。プロヒーローとして七年目に入ったこの年、上鳴はペット可のマンションに心操と共に引っ越した。二人はプロ三年目で一緒に住み始めたが、タマは今年に入って仲間入りした。元々タマは、心操の事務所近くにある、小さな駄菓子屋の看板猫だった。そこは高齢のおばあさんが一人で営んでいたのだが、ある日娘夫婦との同居のために引っ越すことになった。ところが、おばあさんの孫に動物アレルギーがあるため、タマは連れて行けないと言われてしまい、ほとほと困っていたところに心操が引き取る提案をしたのだった。 「タマはあんたに懐いているものね。頼んだよ」 ホッとした中に少し寂しそうな微笑みを浮かべたおばあさんに、心操はしっかりと目を見て、 「大切にします」 と答えた。 それからすぐに上鳴に報告、相談をしてペット可のマンションを探しに探し、数年前からペット可のマンションに住んでいる恩師の相澤に相談をして、ようやく現在のプロヒーロー向けペットホテル付きマンションへ引っ越してきたのだった。プロヒーロー向けと謳っているだけあり、緊急の呼び出しや出張、夜勤が重なって留守になる際にいつでもペットの預かりができるよう、二十四時間三百六十五日担当者が常駐し対応してくれる。引っ越してきて一年経っていないが、一度だけ心操の出張中に上鳴の急な出張が入ってしまい利用した際、二日後に出張を終えた心操が迎えに行くと、タマは機嫌よく喉を鳴らして飼い主を出迎えた。どうやらタマもお墨付きのサービスだったようだ。 その新しい住まいで、上鳴は心操と学生時代よりも仲の良い日々を送っている。お互いシフトは三交代制のため、あまり家で一緒に過ごすことはなかったが、それでも互いの連休が重なるようにシフトを調節してゆっくり家で過ごしたり、近場の温泉地へ日帰り旅行をしたりと楽しんでいた。家事は家にいるほうがする、ということ以外は特に決め事はない。いかんせん仕事柄急なことが多く、例えば遅くなる日は食事の有無を連絡するなどと決めたところで、終わり際に出動要請が入り連絡を入れる暇もなく急行するなどということもあり、まるで意味がなかった。お互いに疲れて苛々するだけだからと、同棲してすぐに先述した決まり事以外は廃止したのだった。 「う~ん、なに食べよ」 顔を洗った上鳴が、冷蔵室の中を物色する。無駄にするからという理由で、日持ちしない生ものはあまり買いだめしないことにしているから、庫内は比較的隙間が多い。 「納豆どんぶりでいっか」 言いながら、上鳴はひとパックだけ残っている納豆と、迷った挙句残り四つの卵の内の一つだけを掴んでシンク上に移し、昨晩心操が炊いてタッパーに移されていた白米も取り出して扉を閉めた。上鳴はそれなりに料理ができるようになったが、一人の時は簡単なもので済ませていた。誰かのためになら作れるが、自分だけなら惣菜を買ってきたほうが楽だった。 「んにゃぁ~」 「ん? あれ? メシ、入ってねぇの?」 「にゃぁ」 台所に立つ上鳴の足の間を、タマが鳴きながらするりと通り抜けた。上鳴が掃き出し窓のほうへと目を遣ると、そこが定位置となっているエサ皿は空っぽだった。食べすぎるからと、心操はいつも食べきれる量だけを与えて仕事へ行く。今朝も朝食分のみで、あとは上鳴に任せるつもりだったのだろう。 「よしよし、ちょっと待ってろよ? おまえも一緒に食おうな~」 納豆をパックのまま掻き混ぜながら、上鳴が足下でじっと待つタマにそう声を掛けると、タマは待ちきれないと言わんばかりににゃあと声を上げた。 ●Whisper● (プ口ヒ、同棲、飼い猫あり設定) 「♪」 「鼻歌はやめろよ」 呆れ顔の心操に、上鳴は目だけ向けながら楽しそうに笑った。 「これからセックスするとは思えないんだけど」 なおも続くご機嫌な旋律に、心操は股間に顔を埋める恋人の髪を柔く掴む。すると、上鳴はちゅぱっとリップ音をさせて口を離し、硬くそそり立つ陰茎を扱きながら言った。 「久しぶりだから嬉しくてさ~いいじゃん♪」 勘弁してくれと言わんばかりに顔を覆う心操に、上鳴は構わず口淫を続けた。 時刻は二十三時四十分。もう少しで日付が変わるというのに、酒に酔った上鳴はもう寝るつもりでいた心操に跨り、腰をゆるゆると動かして軽く芯を持った己自身を擦りつけ「しんそー、えっちしよ?」と囁くように甘えてきたのだった。いつもならこんな時間に誘うことなどしないのに、酒が入り深夜にも関わらず欲情したのは、温泉宿という非日常空間にいるからだろう。心操と上鳴は現在、愛猫のタマをペットホテルに預けて三泊四日の温泉旅行に来ている。心操の連休取得が危ぶまれたが、二年連続の年末年始休み返上、お盆休み返上のシフトを飲んだ過去を盾に、なんとか取得することができた。 「それにさ、言い方は悪ぃけど、いつもはタマの茶々が入るじゃん。そんでさ、ゆっくりできねぇじゃん。な? いっぱいさ、シたいしさ……?」 心操の脚の付け根に頭を寝かせて上目遣いでかわいく強請りながらも、左手はしっかりと心操の陰茎を扱いたり亀頭を手のひらで丸く撫でたりするのだから、心操は視界と物理両方の暴力に呻くことしかできない。 「しんそー、ここ弱いよな……ン、ハァ……」 上鳴はいつも、わざと声を出しながらフェラチオをする。吐息混じりに、音を立ててしゃぶり、吸い、扱く。心操の目を見ながら、陰嚢から先端に向けて舌を這わせる。ぢゅる、ちゅっ、と淫靡な水音と上鳴の鼻にかかった喘ぎにも似た息遣いは、心操の射精欲を容易に急きたてる。 「一回イっとく?」 より硬さの増した心操自身にキスをしながら上鳴がそう問うと、心操は無言でうんうんと頷いた。今すぐにでも上鳴の中へ入りたいという願望はあるものの、挿れた瞬間に爆ぜてしまいそうだった。 「ん、いいよ」 再び咥内へ収めると、上鳴はまた心操の目をじっと見ながら頭を上下に動かした。大好きな、心操が劣情を押し殺すあまり、鋭くなる紫の目を見ながら。上鳴はその目を見る度に、自分を求め欲情し、自分がここまで追い詰めることができたのだと、腹の奥底が悦びに震えた。好きな人を気持ち良くさせてあげられたのだと、嬉しかった。 「ッかみなり、」 「ん」 切羽詰まった声に、上鳴はぢゅっと吸って咥内を強く締め、扱く手を緩めないまま小さく返事をした。咥内射精しろ、という意味だと心操はわかっているから、その瞬間に上鳴の頭を押さえると、グッと奥へ押し込み吐精した。 「ッ……ン……ゥ……」 上鳴の熱い咥内でびくびくと痙攣しながら吐き出した心操は、全身の力を抜いて深く息を吐いた。 「……また飲んだの?」 零れないようにおちょぼ口にして引き抜き、そのままこくりと飲み下す様子に、心操は顔を顰めて訊ねた。心操は無理して飲むなと毎回言うのだが、その度に上鳴は「しんそーのだったらなんでも嬉しいからいいんだよ」と、あっけらかんと答えた。 ごとり、という足の向こうでなにかが倒れる音に、少しだけ頭を持ち上げた心操に、足元へ行って戻ってきた上鳴が 「水」 とだけ伝えてキスをする。水に濡れた唇がふに、と触れたと思ったらすぐにかぱと開き、少しだけ冷たい舌が心操の唇をつるりと滑った。誘う仕草に容易く乗ってやれば、上鳴はフゥんと小さく鼻で鳴いてぬるりと心操の咥内へ舌を挿し入れた。 酒のせいか、互いの口の中は熱くぬめり、詰まる鼻のせいで上鳴は何度も息継ぎが必要だった。その度に上鳴より幾分か余裕のある心操に「ん、終わり?」「かみなり、足りない」「もっと……ダメだってば」などと言われ、はだけた浴衣から見える白い肩が真っ赤に染まった。 心操はキスをしながら、上鳴の耳を弄るのが好きだった。特にセックスの時、真っ赤に熟れたグミの実のような弾力のある耳朶を唇で食んだり、親指の腹ですりすりと優しく撫でたり、時に爪を立て引っ張ったりする度に、腕の中にいる上鳴の身体がぴくり、ぴくりと跳ねるのが堪らなく愛しくて好きだった。上鳴は耳だけではなく、背中の窪みに指を滑らせれば鳴き、脇を撫で上げれば身体を震わせ、控えめにツンと勃ち上がった胸の飾りをカリカリと引っ掻けば腰を引いて逃げようとするほど、体中のどこに触れても加虐心をそそる反応を示した。 「や……ンぅッ」 唇と唇の隙間でやめろと言い掛ける上鳴に、心操は黙って蓋をする。けれども、その蓋を再び剥がそうとするつもりは上鳴にはなく、咥内で好き勝手に己を貪る恋人の舌を甘噛みして笑うのだった。 「しんそー、このまま挿れて」 「腹壊すからダメ」 バードキスを交わしながら、互いに浴衣を脱がせ合い下着に指を掛けたところで、上鳴が甘えた声でそう強請った。一瞬ピタリと動きが止まった心操だったが、のちのち苦しむのは上鳴だからと首を横に振って自分に跨る恋人の下着を引き下ろした。 「なんで、いいじゃん。内風呂あるんだし、すぐに風呂で処理すりゃだいじょーぶだって」 腰を浮かせて脱がせるのを手伝ってやりながら、心操はうーんと考えるフリをして枕元に手を伸ばす。すると、 「だから、ナマでシて?」 言いながら、手を添えて自分の後孔へ心操自身を擦りつけた。まろい先端が穴を行ったり来たりする度に、いつの間に、いつから仕込んでいたのかわからないローションが、ちゅぷちゅぷと音を立てて漏れ出した。ぬるり、ちゅぷり。その音と感触は、久しぶりの刺激となって心操の理性をつつく。加えて短い眉を寄せながら自分で穴を広げる上鳴の悩まし気な表情と、鼻にかかる控えめな声は心操の欲を煽る。今すぐにその尻肉を掴み左右に分け開き、己を突き挿れたいと思ってしまう程度には、心操も酒が効いていた。上鳴が言うように、この部屋には内風呂が付いていていつでも入浴可能だ。すぐに処理をすれば問題はないかと心操がチラと考えると、それを見透かしたかのように上鳴が腰を沈め始めた。 ●はじまりの話● (プ口ヒ、同棲設定) 「え、ここ、畳むんですか?」 長い年月雨風に晒され続け、赤いペンキがところどころ剥げている店先のベンチに腰掛けながら、心操が驚いたように声を上げた。 「そうなのよぉ~。寄る年波には勝てなくてね……娘夫婦のとこに世話になることになったのよ」 店主である老婦人がおっとりとした口調で、麦茶を差し出しながら困ったように笑みを浮かべた。 「そうなんですね。いつ頃なんですか? 子供たちが残念がるんじゃないですか?」 「店は来月の頭に閉じて、引っ越しは同じ月の最終土曜日よ。この辺りで駄菓子屋はうちだけだから、子供たちには悪いわねぇ……」 首を傾げて小さくため息をつく老婦人に、残念なのはおそらく子供たちだけではないのだなと心操は覚った。 ここは心操が所属する事務所近くの小さな駄菓子屋で、心操はパトロールの度に必ず顔を出して一人暮らしの老婦人の様子を窺っていた。この地域では唯一の駄菓子屋ということもあり、連日小学生のたまり場となっていた。賑やかな店先の前を通りかかると、いつも「あ、ヒーローだ」「マスクかっけぇ!」「ねぇ、今日はヴィランいた~?」と声を掛けられ、心操は律儀にも一つ一つ答えていた。そんなことが続いていたある日、店主の老婦人に「いつも見回りありがとうねぇ」と、店先で一休みしていくよう勧められたのが、パトロールで立ち寄るようになったきっかけだった。 「こいつは連れていくんですか?」 『こいつ』と呼ばれたのは、銅色の目と黒い短毛の成猫だった。人懐こい雌猫で、立ち寄る心操の脚にもよくすり寄って来た。その看板猫を撫でながら、少しだけ、ほんの少しだけ寂しそうに問い掛ける心操に、老婦人は残念そうに首を振った。 「いや、タマは連れて行けないんだよ」 「行けない?」 予想外の答えに驚いた心操に、老婦人は孫が動物アレルギーなのだと説明した。猫はもちろんのこと、犬やハムスターにも反応して粘膜が痒くなってしまうのだと。 「アレルギーならどうしようもないですね」 「残念だけれどもねぇ」 「え、じゃあ、タマはどうなるんですか?」 当然行き着く疑問に、老婦人はさらに眉尻を下げてため息をついた。 「そこなんだよ。この子の引き取り手を探さなくちゃいけなくてねぇ。ご近所さんや買いに来てくれる子たちにも心当たりがないか訊いているんだけど、子猫じゃないからねぇ……」 そう言えば売れ残るのは成猫だったなと、心操はいつか見たペットショップでの光景を思い出し、そっと眉を寄せた。視線の下から手を伸ばせば、タマは静かに目を閉じ、嫌がらずに受け入れてくれる。顎下を優しくくすぐるように指先をバラバラに動かしていると、やがてごろごろと気持ち良さそうに喉を鳴らした。子供たちがこの駄菓子屋に集まるのは、駄菓子や老婦人の人の良さはもちろんだが、看板猫の人懐こさにもあった。人を怖がらず、撫でられても嫌がらずに目を閉じて喉を鳴らす。イタズラが過ぎる相手には猫パンチの一つもお見舞いするものの、そんなことは滅多にない。飼い主によく似た、優しく穏やかな気性をしている。元々猫好きの心操だったが、自身になにがあるかわからない職業のため家で飼うことはとうの昔に諦めていた。パトロールの時にたまに野良猫と戯れたり、タマと遊んでいれば十分だった。いつでもここに来れば老婦人とタマが出迎えてくれると思っていたのに、まさか店じまいすることになるとはさすがの心操も想定していなかった。自身にいつなにが起こるかわからないのと同じで、この世に『当たり前』はないのだなと、タマを撫でながら心操は痛感した。そして、恋人がタマを抱く姿を思い浮かべて数秒、心操は真剣な表情で口を開いた。 「タマを引き取らせてくれませんか」 ピク、とタマの耳が動いたのは、自分の名が呼ばれたからだろうか。心操の手にすっかり慣れたタマが、それまで気持ち良さそうに瞑っていた瞼をパッと開いて声の主を見上げた。それから、一呼吸置いた後にゆっくりと飼い主へと顔を向け「にゃぁ」と、甘えるような声を上げた。 「え、えぇ? 本当かい?」 心操の言葉に、今度は自分が驚く番になった老婦人が、タマの声で我に返ったようにハッとして訊ねた。心操はしっかりと頷いてから、現在の住まいはペット禁止なため少し時間が欲しいと付け加えた。 「一緒に住んでる恋人がいるんです。そいつの許可も必要ですけど、たぶん大丈夫です。ただ、ペット可のマンションなりアパートなり探すのはさすがにすぐってわけにはいかないんで、ギリギリになるかもしれません。でも、必ず引き取りますんで、ダメですか?」 正直、心操自身どうしてこんなに必死なのかはわかっていなかった。猫が好きだから? 懐いてくれる猫だから? 飼えなくなった猫の末路を知っているから? どれにも首は振らないが、頷きもできない。しかし、心操はそこまで深い付き合いではないこの老婦人と看板猫のために、恋人を説得し住まいを変える決意を一瞬でしていた。確かな答えはわからないが、心操はこの膝の上の小さな命を守りたいと思っていた。自分に懐いてくれているこの黒猫が天寿を全うするのを見守る、なんて大層な話ではないにせよ、自分にとって大切なものが一つ増えるのは悪くないのではないかと思っていた。 「もちろんよぉ」 のんびりとした声と柔和な笑み。わずかひと月と数日の後には見れなくなるのかと、心操は寂しく思った。狎れ合うことはしたくはない。ヒーローは守る側の立場で、時に非情な取捨選択をしなければならない。一市民と一ヒーローとしての立場を守るべきとしていた心操にとって、この駄菓子屋での交流はある意味で異質だった。別れの場面などいくらでも経験してきたというのに、今回はいつまでも心に残りそうだと心操は思った。 「タマはあんたに懐いているものね。頼んだよ」 ホッとした中に少し寂しそうな微笑みを浮かべたおばあさんに、心操はしっかりと目を見て「大切にします」と答えた。 ●真夜中の8分53秒● (プ口ヒ設定) 新型ウイルスが猛威を振るい、世の中がひっそりと息をひそめるように生活を送るようになってからはや二カ月。俺はと言うと、市民の静かな暮らしに反して休業中の店舗やビルに入り込むコソ泥や、夜間の外出禁止が出ているにも関わらずゲームセンターや繁華街をうろつきたむろする未成年達に帰宅を促すため、日夜パトロールで忙しい毎日を送っていた。ヒーローであれどマスクは必須ってことで、毎日事務所から支給されるマスクを着用しての外回りは存外しんどいもので、ちょっとやんちゃな奴らを相手にする時でもなにがあるかわからないから外せない。そうなると、しっかり捕まえた後は息が上がってしまい「なんだよチャージズマ、だらしねぇ」などと俺に腕を捩じり上げられているはずの奴から、そんな馬鹿にしたことを言われてしまうのだった。 残業が無ければ定時で上がって夕飯を買って帰り、シャワーを浴びて飯を食い、ゴロゴロしながらテレビや友人たちのSNSをチェックして、歯を磨いて寝る。そしてまた朝が来れば時間ギリギリまで寝て、飛び起きたら冷蔵庫にたんまり冷やしている栄養補給ゼリー飲料を片手に駅へ向かう。家での時間を余裕で超える勤務時間、というわけではないが、それでも『上鳴電気』としての時間がままならない日々に、少しずつため息が増えていた。 そんな矢先のことだった。 「あれ? 上鳴?」 電気系のヒーローを貸して欲しいとの他事務所からのマッチアップ要請に、俺が在籍する事務所から三時間ほど移動した地で、懐かしい人物に声を掛けられた。 「へっへ~。よぉ、久しぶり!」 「なんだ。言ってなかったのか」 驚きに目を丸める心操に、うちの所長・ウェザーが呆れたように相手事務所の所長であるチャッカーに言った。 「この顔が見たくてね」 「人が悪いっすよ……」 心操は首の後ろを掻きながら、バツが悪そうに少しだけ眉根を寄せて言った。俺は所長から聞いていたが、心操は俺が来ることを知らなかったらしい。あんなに驚いた心操なんて、もしかしたら初めて見たかもしれない。なんだかそれが嬉しくて、こっそりマスクの下でニヤニヤしていると、 「あんた、こんなにちっちゃかったっけ?」 ムカつくことに俺を見下ろしながらそう言った。心操は卒業してからも背が伸びていたようで、八センチだったはずの身長差がゆうに十センチは超えている……。 「うるせー! 俺も卒業してから一応伸びたんだぞ! 三センチ!」 「誤差だろ」 「うるせー!!」 変声機の「ペルソナコード」で口元は隠れているのに、ニヤニヤ笑っているのがわかる。クソッと口では言っている俺だったが、久しぶりのやり取りになんだか落ち着かなかった。 「卒業以来だから……二年?」 そんくらいか、と指を折りながら言う心操に、俺はうんうんと頷いた。頷きながら、十センチ以上も高くなってしまった心操の顔をまじまじと見つめた。卒業の時には長かった髪が、短く切られている。前髪を下ろして後ろは刈り上げ、うねるクセっ毛はパーマがかかっているように見えてなんだかシャレててかっこいい。体格もさらに良くなっていて、近接戦でも負けないようにきっと鍛えているのだろう。首元は隠れているが、たぶん太くなっていると思う。それでいて厚みが出たわけではないから、よっぽどストイックなトレーニングと食事を続けているんだろうな。なーんて思ってたら。 「上鳴、背はアレだけど、鍛えてんだな」 「背はアレだけどは余計、な!」 「イテッ」 軽めのパンチを二の腕にお見舞いすると、絶対痛くないのがわかる声音で言った。ったく。人が感心してたら……。 「はい、そこまでな。積もる話は仕事が終わったらにしろ」 パンッと柏手を打つウェザーに、俺と心操は揃って「はい」と素直に従った。 「え~、今日はまぁまぁな遠路をわざわざお越しいただきありがとうございます。え~、ざっくりとした内容は聞いてると思うけど、改めてなにをするかの説明をさせていただきます」 チャッカーとウェザーは同期ということもあり、気心が知れているようで、かしこまり過ぎない口調での説明が始まった。 ●手はくちほどに● (学生軸) 金髪に稲妻模様の黒いメッシュが入った少年が、渡り廊下から遠くをぼんやり眺めている。昼休みの校内は、束の間の休息を謳歌する生徒たちでざわめいているが、視線を遠くへ放っている少年は、そんな喧噪の外にいた。 大きなガラス窓から見える、数十メートル先の巨木の下。自分のクラスの担任との応酬を繰り広げる少年を、金髪の少年は飽きもせずにひたすら見ていた。紫色の髪を振り乱しながら必死になって師匠と同じ武器である捕縛布を放ち、容赦ない打撃を踏ん張って受け止める。体格の差、経験の差、技術力の差をまざまざと見せつけられても、歯を食いしばり、食らいつきながら反撃を見せるその姿に、見ているだけの少年の両手がぎゅっと握られた。 やがて、なにかに気がついた担任が、殴りかかってくる少年に向けてサッと手を挙げて制した。おっとっと、という声が聞こえそうな急ブレーキに、金髪の少年はふっと笑みを零す。どうやら時間切れらしい。向かい合って礼をして、巨木の根元に置いてあった飲み物やタオルを手に取った。そして、反省点でも話しているような身振りを交えて会話しながら、二人は少年のいる校舎へと足を向けた。 「上鳴ィっ」 不意に名前を呼ばれた少年が、声のする方向へ勢いよく体ごと向いた。真っ赤な髪のクラスメイトが「メシ! 今日のA定食、ハンバーグだってよ!」と、少年が嬉しそうに叫ぶ。 「まじで!?」 上鳴、と呼ばれた少年は、慌ててその場から走り去って行った。 上鳴が窓外で行われている自主トレを見るのは、今日が初めてではなかった。その時は紫色の髪の少年が一人で捕縛布を枝に向かって放ったり、枝にぶら下がって懸垂をしていた。上鳴は目を凝らしてすぐに、それが普通科の心操人使だと気づいた。そして、以前B組との合同訓練に参加した際、普通科とは思えない身のこなしや動きをしていたことを思い出す。次に、初対面の時に比べて逞しくなった体や、ヒーロー科への編入が決まっていると言った担任の言葉が自然と頭に浮かび、上鳴の中で繋がった。あぁ、そうか。あいつはあんなに努力してきたのかと、上鳴は納得すると同時にすごい奴だと思った。 体育祭の前に宣戦布告ともとれるような煽りをした心操は、個性との相性の悪さでヒーロー科の入試で振るい落とされた。それでもヒーローへの道を諦めなかった心操は、虎視眈々とヒーロー科への編入を狙い、狎れ合いなどいらないと拒否し、ストイックにわが道を歩み続けていた。野心溢れる同期生に「確りヒーローだ」と言った時にはなかった感情が、上鳴の中で生まれた瞬間だった。