政財界の意向が国立大学を支配? ひっそり審議入りした「運営方針会議」の正体 「稼げる研究」の先にあるもの

2023年11月15日 12時00分
 臨時国会でひっそり審議入りした国立大学法人法改正案に、大学関係者から強い反対の声が上がっている。改正案が成立すると、一定規模以上の国立大の上に「運営方針会議」が設置され、政府や財界の意向による大学支配が可能となり、大学自治が脅かされる恐れがあるからだという。いったい、政府は国立大に何を求めようとしているのか。それは、低落が指摘されている日本の大学研究力の再起に役立つのか。(西田直晃、安藤恭子)

国立大学法人法の改正案反対の院内集会の参加者=14日、東京・永田町の衆院第2議員会館で

 「学長の上に立つ最高意思決定機関が設置される。まさに大学の自治を脅かすことになる」
 14日、衆院第2議員会館で開かれた「火を消し止めるなら今だ!」と題した緊急院内集会。大学関係者でつくる主催団体「大学フォーラム」の黒田兼一・明治大名誉教授は語った。

◆設置義務付け、学長の上に立つ機関

 今回の改正案では、理事7人以上の国立大学法人のうち、定員の総数や教職員の数、収支の額を考慮し、事業規模が大きいものを「特定国立大学法人」に指定。学外の有識者を想定した3人以上の委員と学長で構成する「運営方針会議」の設置を義務付ける。
 外部委員は文科相の承認を得た学長が任命し、これまでは役員会と学長が担ってきた予算・決算、大学の6年間の中期計画などを決議し、大学が決議内容に従わなければ、学長への改善措置の要求が可能。学長選考にも意見できる。国が10兆円規模の基金を活用し、世界最高の研究水準を目指す大学を支援する「国際卓越研究大学」の認定要件にもなっている。
 当面は国立大の話だが、黒田さんは「私立大にもいずれ影響が及ぶのでは」と先を危ぶんだ。経営効率化を求めた2004年の国立大学法人化以降、人件費や研究費に充てられる「運営費交付金」は削られ続け、大学は「競争的資金」と呼ばれる外部の研究予算の獲得に追われてきた。「この傾向が続けば、私立大も国際卓越研究大学を志向するようになる。日本中の大学に政府が首を突っ込む事態になりかねない」

◆「稼げる大学」化で「歴史的な機能がゆがむ」

 改正案は、従来は文科相の認可が必要だった土地の貸し付けにも触れ、届け出だけで済むように緩和している。登壇した本田由紀・東京大教授は「外部委員が加われば、『稼げる大学』である点がより求められ、近視眼的に大学の財産を吸い尽くされる恐れがある」と指摘。「政財界の利害が反映され、大学内部の部局の改廃に及べば、国家の死活を決する知を積み重ねてきた国立大学の歴史的な機能がゆがめられてしまう」と強調し、こう続けた。
 「国立大学は競争的資金の獲得に疲弊し、科学技術のパフォーマンスは下がっている。必要なのは締め付けを緩和することなのに、今回の改正案は全く逆のことをやっている」

国立大学法人法の改正案に反対する、弁護士の指宿昭一さん=14日、東京・永田町の衆院第2議員会館で

◆野党、教職員、学生から法改正反対の声

 集会には、15日にも衆院で採決される法案に反対する野党議員7人、大学関係者のほか、弁護士や現役大学生が参加。改正案が成立すれば、会議設置が義務付けられる東大、京大、大阪大、岐阜大、名古屋大の教職員組合も廃案を求める声明を出した。
 指宿昭一弁護士は「大学の自治が侵されれば、軍国主義がはびこる」と警鐘を鳴らし、大学や学者への思想弾圧が行われた戦前の滝川事件、天皇機関説事件を引き合いに「同じ政治社会状況だ。侵略戦争に突入した点を忘れてはいけない」と述べた。
 仙台市から訪れた東北大文学部4年の山下森人さん(22)は「文系学部は立場が弱く、受講を望んでいた講義が予算の関係で廃止になった。大学の自治が崩壊すれば、学生の不利益に直結する」と訴えた。

国立大学法人法の改正案に反対する、東北大4年生の山下森人さん=14日、東京・永田町の衆院第2議員会館で

 前出の「国際卓越研究大学」制度は、国が10兆円規模の基金(ファンド)を設立し、運用益で世界最高の研究水準を目指す大学を支援するというもので、関連法が昨年5月に成立した。同制度ではガバナンス改革が求められ、「運営方針会議」設置はそれに対応するためという。
 文部科学省は今年9月、申請した10校から東北大が初の認定候補に選ばれたと発表。注目度の高い論文の発表数などに加え、研究力強化や経営改革に向けた取り組みを評価された。支援は最長25年間の予定で、初年度は100億円前後になる見通しだ。

◆トップ級の大学優遇、格差拡大の恐れ

 ただ、計画には知的財産収入やベンチャー企業の増加といった目標も掲げられ、京都大の駒込武教授(教育史)は「自分で資金調達せよという『稼げる大学』づくりの一環」と断じる。
 不安定なファンドの運用益を使う仕組みや、トップ級の大学に集中投下する手法にも批判が上がる。北海道大の光本滋准教授(高等教育論)は「本来は大学の層を厚くし、底上げして切磋琢磨せっさたくまする環境が望ましいが、むしろ大学間格差を広げる方向だ。重点分野でないとみなされた研究者は、入れ替えさせられる恐れもある」と懸念する。
 国立大を法人化する法律制定から今年で20年。この間、日本の研究力低下が指摘されてきた。同省科学技術・学術政策研究所によると、引用数が上位10%と同1%に入る論文数(3年平均)の世界ランクで日本は04年にはいずれも4位だったが、20年にはそれぞれ13位と12位になった。

◆ピアノ維持できず…トイレ改修にクラファン

 他方、人件費や研究・教育費にかかる基盤的経費として国から支給される国立大の「運営費交付金」は減らされ続けている。04年度の1兆2400億円から徐々に減り、23年度は13%減の1兆780億円だった。
 国立大の窮状を表すニュースも相次ぐ。東京芸術大は2月、電気代の高騰による経費削減を進めた結果、音楽学部の古くなったピアノ5台を撤去。金沢大は10月、キャンパス内のトイレ改修を目的に寄付を募る、異例のクラウドファンディングを始めた。

東京芸術大学

 トイレ1カ所の洋式化や照明の発光ダイオード(LED)化などで目標金額は300万円。本来の目標は3カ所で1千万円だが、達成のためにあえて低い額に設定したという。14日午後3時現在、246万4000円が集まった。同大の松村典彦基金・学友支援室長は「批判的な意見も承知はしている」としつつ、「何年もかければいつかトイレ改修は終わるが、4年で卒業する学生のため1日でも早い整備を、と踏み切った」と思いを明かす。
 非常勤の研究者を取り巻く環境も厳しい。国公私立大など847機関を対象とした国の調査では、今年3月末までに有期契約の雇用期間が通算10年を迎えた研究者ら約1万2400人のうち、定年退職以外で雇用契約が切れた人が約2千人いた。直前で契約を打ち切る「雇い止め」が含まれる可能性もあるという。

◆「稼げる研究を目指すと、軍事まで手を伸ばす」

 前出の駒込さんは「国はいま『国立大は社会に開け』と言っている。学生や研究者を見捨てておいて、社会に開けとは何事だ」と憤る。日本学術会議の任命拒否問題と重ね合わせ、運営方針会議によって大学を支配し、政府や財界に役立つ存在に変える狙いは顕著とみる。「大学は『稼げる研究』を目指し、批判のある軍事の領域にも手を伸ばす。それを拒めば、経営改革の本気度を問われることになる」と懸念する駒込さんはこう訴える。
 「大発見には試行錯誤が大切だ。時期を限られた研究からブレークスルーは生まれない。大学は企業の下請けに過ぎなくなる。大学間競争が激しくなれば、共同研究で成果を上げることも困難だ。研究力の向上とは真逆の方向にある」

◆デスクメモ

 「選択と集中」などと言ってみて結局、日本の研究力はじり貧状態。この路線はやはり間違いだったのだろう。ならば、大学・大学院に進学して研究したいという学生に応えるよう、大学教育の無償化などを進めて、そもそも研究者を増やし大事にする方向へ転換すべきではないか。(歩)

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