私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

君は「核抑止」のことを知っているか

2023-08-09 07:24:07 | 日記・エッセイ・コラム

 8月6日午前8時からNHKテレビで広島平和公園での原爆記念式典の実況放送を視聴しました。

広島市長と広島県知事の式辞を聞いて大変驚きました。お二人ともロシアの戦争行為を名指しで非難し、核抑止論の破綻を強調したからです。核抑止という考え、方針、戦略の意味が分かっているとはとても思えない語り口でした。「ウクライナ戦争でロシアが負けそうになったら、戦況挽回の為に核爆弾を使うぞ、とロシアが西側を脅しているが、その考えは破綻している、そうさせてはならない」というのが「核抑止論の破綻」ということだという風に私には聞き取れました。もしそうでしたら、お二人の考え方は間違っています。「核抑止論」がダメなら「核の傘」もダメですよ。

 豊田利幸先生(1920年-2009年)は優れた理論物理学者で、核抑止の考えがレオ・シラードなどによって提案された当初(1958年)から核抑止論が内包する根本的矛盾を指摘し、核廃絶を主張し続けられました。

 豊田先生の核抑止論批判は著書『核戦略批判』(岩波新書、1965年)で展開されましたが、その18年後に『新・核戦略批判』(岩波新書、1983年)が出版されました。そのp74からp75の始めにかけての文章をコピーさせていただきます:

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 第I部第3節で触れたように、一九五五年には「ラッセル・アインシュタイン宣言」が出され、その呼びかけに応じてカナダのノヴァスコシア州パグウォッシュ村で第一回のパグウォッシュ会議が一九五七年に開かれていた。この会議の意義は東西両陣営の科学者たちに高く評価され、翌一九五八年にはカナダのラック・ビューポートで第二回目の会議が開かれた。第一回の会議では、核戦争の危機を避けるためのいわば総論的な議論が行われたのに対し、第二回の会議は声明などは出さないで、各論に一歩踏み込んだ討論が活発になされた。その会議の事務局長をつとめたロートブラットによると、「核兵器は絶対悪であり、これはどうしても廃絶になければならない」という意見と、「巨額の国費を投入して開発した核兵器をその国が廃棄するはずがない。それゆえ核兵器を保有したまたまで戦争が起こらないような方策を探究すべきである」、端的に当時の言葉を使えば、「原子爆弾と共に生きよう(リヴ・ウィズ・アトム・ボム)」という意見が鋭く対立して白熱した論戦が行われたという。残念ながら、この第二回パグウォッシュ会議に日本からの出席者はなかった。注目すべきは「ラッセル・アインシュタイン宣言」を出すことを考え、かつその文章を起草したラッセルが前者の意見を強く主張したにもかかわらず、シラードに代表される後者の意見が会議の大勢をきめたことである。

 これによって核抑止論はパグウォッシュ会議の中に根をおろし、以後の核戦略の理論的支柱となってしまった。その頃もしアインシュタインが生きていたら、おそらくラッセルを全面的に支持し、シラードたちを圧倒したであろう。・・・・・

**********(コピー終わり)

レオ・シラードを、米国軍部とその犬と化したオッペンハイマーに反抗して、日本への原爆投下を阻止しようとした平和主義の男だと思っている人はありませんか? レオ・シラードには「自分が一番賢い、ものが一番よく見える」と考えるところがありました。度を越えた egomaniaでした。豊田先生は高潔な方でしたから、はっきり口には出されませんでしたが、「シラードは嫌な困った奴だ」を思っていたに違いありません。

 豊田利幸先生は上記の2冊の本の他にも核廃絶のために、数多くの、今の私たちが読むべき本を公刊されました。その一つ『SDI批判』(岩波新書、1988年)の前書き(-私はなぜこの本を書くのか-)に次のように書いておられます:

「私にとってこのあまり楽しくない作業を、あえて行うことにしたのは、過ぐる戦争で、国内外を問わず無念に若い生命を失っていった私と同年代の非常に多くの人びとに対する痛恨の思いと、偶然に生き延びてきた一人の物理学者としての社会的責任感からである。」

 豊田利幸先生とは少なからずのご縁がありました。2000年12月22日初版の『物理学とは何か』(岩波書店)を署名付きで恵与いただいたこともありました。昔、息子さんの物理学者豊田正さんがカナダのアルバータ大学の高橋康さんの所に研究においでになった折には、私の家で余っていたソファを差し上げたこともありました。正さんと話しているうちに「藤永さん、CIAについての認識が甘過ぎる」と言って一冊の本を読む事を勧められ、眼から鱗の思いをした記憶があります。

藤永茂(2023年8月9日、長崎原爆の日)


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3 コメント

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Unknown (竹村正人)
2023-08-30 06:22:26
いつも貴重ならお話をありがとうございます。
CIAについての本は何というか本でしょうか。
CIAについての本 (藤永茂)
2023-08-30 14:12:36
竹村正人様

探し出したらお知らせします。ごめんなさい。

藤永茂
Unknown (竹村正人)
2023-08-31 00:42:48
ありがとうございます。少し気になっただけですので、お気にならさらないでください。先生おすすめの、『ひろしま』拝見しました。当時の日本人にはこんな映画が作れたのかと驚きました。
現在の核汚染水排出問題を先生はどう見られているのかも、またお時間ある時に記事にしていただけるとありがたいです。

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