脳血管疾患(脳卒中)の患者を主役にした、興味深いコミュニティおよびイベントがある。その名も「脳卒中フェスティバル」。脳卒中という重い病名を冠している一方、公式WebサイトやYouTubeチャンネルを見ると、実に明るく前向きな雰囲気が感じられる。主催者代表で理学療法士の小林純也氏は、自身が脳卒中経験者でもある。高齢化社会が進み、組織や社会全体での「治療の支援」や「病気や後遺症との共存」が必須となる中、同フェスティバルの取り組みから患者の楽しい生き方を支えるコミュニティの価値を探る。

脳卒中フェスティバルは「脳卒中経験者や家族・セラピストが本気で楽しむ大人の文化祭」と題し、2017年から継続的に開催している。中身は脳卒中を経験した当事者、その家族、理学療法士などのセラピストが「主役」になるプログラムで構成されている。例えば片手でメイクや料理をする講座の「One hand makeup」や「片手でcooking」、当事者がモデルとして立ち回る「脳フェスファッションショー」、当事者が加わった音楽演奏や踊りのパフォーマンス、当事者でもある医師や芸能人による講演などだ。

主催者代表は、理学療法士の小林純也氏。23歳のとき、ボクシングのトレーニング中に脳卒中を発症した。入院とリハビリを経て理学療法士になり、「脳卒中当事者」の肩書きで自身の経験をシェアする活動も進めている。「脳卒中当事者が(後遺症などから)感じる負い目、ひけ目、失望感を、希望や喜びに変えたい。さらにはご自身の可能性を感じてもらい、かつ健常者との間にある『心の溝』を『グラデーション』にしたい」(小林氏)との思いを抱き、脳卒中フェスティバルを続けているという(小林氏が語るグラデーションの意味については後述する)。

直近の開催回となる4回目は、2021年10月24日、日曜日に開催した。コロナ禍を踏まえてバーチャル空間サービス「oVice(オヴィス)」を採用。事前に用意した300枚のチケットは完売したという。小林氏は「参加者からは『ネット上だけど人同士が触れ合う感覚がある』と評判だった。その声を踏まえて、バーチャル空間で交流できる場の常設を検討していきたい」と語る。

2021年10月24日に開催した「脳卒中フェスティバル」の様子。コロナ禍を踏まえてバーチャル空間サービス「oVice(オヴィス)」を使ったオンライン形式で開催した。なお目玉企画の1つとして「もののけ姫」の主題歌で有名な声楽家の米良美一氏によるトークショーが催された。米良氏も過去に脳卒中を罹患、見事に復帰して活躍している「脳卒中当事者」だという(出所:脳卒中フェスティバルYouTubeチャンネル)
2021年10月24日に開催した「脳卒中フェスティバル」の様子。コロナ禍を踏まえてバーチャル空間サービス「oVice(オヴィス)」を使ったオンライン形式で開催した。なお目玉企画の1つとして「もののけ姫」の主題歌で有名な声楽家の米良美一氏によるトークショーが催された。米良氏も過去に脳卒中を罹患、見事に復帰して活躍している「脳卒中当事者」だという(出所:脳卒中フェスティバルYouTubeチャンネル)

脳卒中は脳の血管が詰まる、あるいは破れることによって、脳が障害を受ける疾患である。国内の脳卒中の患者数は約112万人(2017年、厚生労働省調べ)。毎年20万人が脳卒中を発症すると言われている。加えて、脳卒中は健康だった人が突然発症するタイプの病気である。このような状況を踏まえ、脳フェスは病気予防に向けた啓発の意味も含めて開催しているという。

近年の救急医療技術の発達により、脳卒中により命が失われるケースは減ってきている。しかし、脳の損傷の度合いによっては身体機能や言語機能が失われる。実際に脳卒中を含む脳血管疾患が原因で要介護の状態になる人は多く、介護が必要になった主な原因として、認知症に次いで第2位となっている(厚生労働省『2019年国民生活基礎調査の概要』より)。要介護の状態になることは免れた人も含めて、脳卒中の経験者は後遺症をどう克服し、どう受け入れながら生きるかという課題に向き合うことになる。

さらに、脳卒中を含めた 病気にかかるリスクは年齢を重ねるにつれ高まる。予防はもちろんだが、万一患者となった場合を考慮し、組織ひいては社会全体で「治療の支援」そして「病気や後遺症との共存」を考えていくことが必要だろう。企業では、就労者の平均年齢が上がり、多様な働き手の活用が必須となっている。そこで、例えば富士通が2020年から健康経営の一環として、従業員のがんの予防、またがん治療と仕事の両立支援といった内容を盛り込んだ教育研修を実施するなど、対応が広がりつつある。こうした動きをさらに社会全体へと広げられれば、今後さらに進む高齢化社会のウェルビーイングな(=「より良い」を意味する)在り方を見いだすことにもつながるはずだ。

小林氏に脳卒中フェスティバルの歩みを聞きながら、患者を支え、患者を勇気づけ、患者の楽しい生き方を支えるコミュニティの価値を見る。

小林純也(こばやし・じゅんや)氏<br> 一般社団法人脳フェス実行委員会代表理事。旭神経内科リハビリテーション病院認定理学療法士(脳卒中)。特定非営利活動法人「日本脳卒中者友の会」事務局。20代で脳梗塞を発症。絶望の中で希望を見出し、懸命のリハビリによって社会復帰。リハビリテーション専門の病院に勤務する傍ら、講演活動や執筆を通じで自身の経験を広め、脳卒中者の皆さんを笑顔にするため日々活動をしている。著書に『脳卒中患者だった理学療法士が伝えたい、本当のこと』(三輪書店)がある(写真提供:小林氏)
小林純也(こばやし・じゅんや)氏
一般社団法人脳フェス実行委員会代表理事。旭神経内科リハビリテーション病院認定理学療法士(脳卒中)。特定非営利活動法人「日本脳卒中者友の会」事務局。20代で脳梗塞を発症。絶望の中で希望を見出し、懸命のリハビリによって社会復帰。リハビリテーション専門の病院に勤務する傍ら、講演活動や執筆を通じで自身の経験を広め、脳卒中者の皆さんを笑顔にするため日々活動をしている。著書に『脳卒中患者だった理学療法士が伝えたい、本当のこと』(三輪書店)がある(写真提供:小林氏)

「楽しい体験」を共に積む、それが心の溝を埋める

――「脳卒中フェスティバル」という名称は面白いですね。なぜ、このようなイベントを開催しようと考えたのですか。

小林氏(以下敬称略):初回の脳フェス(脳卒中フェスティバルの略称)は2017年10月29日、「世界脳卒中デー」に開催しました。準備は、その半年ほど前から進めました。この脳卒中フェスティバルという名前は、それよりも前から私の頭の中にあったんです。

私は20代で脳卒中にかかったことがある当事者で、今は理学療法士、つまり医療者として患者さんのリハビリに携わっています。その経験から、脳卒中の患者と言われる人たちと、医療者と言われる人たち、もっと言えば、健常者と言われる人たちの間には、「心の溝」があるなと感じていました。

例えば、患者さんからすると、医療者のほうが立場が少し上に感じて本音を言えない。脳卒中を経験したことがない人からすると、脳卒中を患った当事者には何となく声をかけづらい。そういった状況を見て「心の溝があるな」と感じていました。私はその心の溝をなくしたいと常々考えてきました。

日本には障害者差別解消法があり、また患者さんによる団体も各所で活動をしています。それらはものすごく重要な存在ですが、それだけでは私が感じている心の溝をなくすのは難しいと感じていました。差別を解消してほしいと言う側と、言われる側に分離してしまうためです。このように立場が違うところからスタートすると、心の溝はなくなりづらいのではないかと感じていました。

そこで、「楽しい」を先に立てたらどうなるだろうと考えました。「楽しい」が共通言語のイベントを用意する。そこに脳卒中当事者、医療者、そして当事者のご家族、健常者も集まって、一緒に楽しい経験をして、帰り道でお互い「楽しかったね、あのイベント」と言い合う。このような体験を通じて、病気や障害に対する理解や、お互いの立場への理解が進めばいいなと思いました。そこで、脳卒中とフェスをくっつけてしまおうと考えました。

――楽しさを掲げたイベントでの共通体験が、立場を越えた人同士の交流と理解を促せるのではないかと考えたわけですね。

小林:はい。加えて言えば、心の溝はお互いのことを知らないからできていると思っています。

例えば、英語が堪能ではない人は、道端で外国人らしき人がいきなり英語で勢いよく語りかけてきたら、よく分からないため不安や怖さを感じるかもしれません。しかし英語ができる人であれば、ただ急いでいて道を教えてほしいだけと分かって、その人の状況や立場に理解を示せるかもしれません。同じような姿は、いわゆる障害者と健常者の間にも起きているはずです。