« vol.113 JAふかや 後編■チューリップ(切り花) | トップ | vol.114 森田フラワーガーデン様(カーネーション&ナデシコ)後編 »
2016年5月 3日
vol.114 森田フラワーガーデン様(カーネーション&ナデシコ) 前編
北海道、福島、岩手に次ぐ全国第4位の面積を誇る広い長野県。中でも下伊那郡(しもいな・ぐん)は南部に位置し、静岡県や愛知県との県境もすぐソコという場所です。
下伊那郡豊丘村(とよおかむら)は、1万年以上前の旧石器時代から人が住み、地の利を生かして暮らしを切り拓いてきました。 標高およそ430メートル、赤石山脈と木曽山脈にはさまれた清流天竜川周辺では、標高1,890メートルの鬼面山を背景に、水稲や果樹生産などの農業が発達しました。
もちろん花き生産も例外ではありません。
ココ下伊那といえば、カーネーションの生産地として全国に名を馳せています。 母の日を目前に、この度はこの地でカーネーションとナデシコを生産される森田フラワーガーデン様を訪れました。
ナデシコとカーネーションをなぜ一緒に!?と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、両者は植物の分類上、年子の兄弟のようなもの。
いずれもナデシコ科ナデシコ属に分類され、学名をDianthus(ダイアンサス)と言います。
両方ダイアンサスなのですが、市場では商習慣なのか、便宜的にナデシコをダイアンサス、カーネーションをカーネーションと呼び、混同を防いでいます。
しかし、これは一般的に当てはまることではございませんので、生活者のみなさまはご留意くださいませ~。
Dianthusとは何を隠そうギリシャ語で「神の花」の意味。Oh, my God!Σ( ̄ロ ̄lll)
経営主の森田和友(モリタ・カズトモ)さんは、神の花と呼ばれるカーネーションとナデシコを豊丘村で半世紀近くにわたり生産されています。
なんて悠長にご紹介している場合ではなく、テキパキとお仕事が早くい森田さんは、取材でお邪魔した途端に早い足取りで動きだし何かを始めました。
ショーターレッグス(短い脚)の取材班は小走りではないと森田さんの歩みについていけないほど。
何をされるのか見ていますと、圃場で灌水中の水を小さなビーカーに採取。 その上、なにやら取り出し・・・・ ぁああああッ!
これは、中学生の頃に理科の授業で使ったことがあります! リトマス紙!
「そうだよ、圃場の診断をやっとるんよ。水のpH値を測っているんだ。排水を採ってpHが正常値かどうかを確認する。」
リトマス紙にチョッと水を浸けて、色が変化したリトマス紙の色とサンプル色とを照合し、pHがどのくらいかをチェックしていきます。
pHと一緒に測定するのがEC。(※)
そうした測定値を農業カレンダーに記録し、栽培環境に異常がないか、定期的に確認しています。
※ECとは・・・?
Electric Conductivity:電気伝導度
溶液の中に溶け込んでいるイオンの総量を示す値。単位はミリジーメンス(mS/cm)。
イオンの量が多いと電気が伝わるのに負荷がかかりEC値が高くなる。ロックウールの養液栽培において、肥料分が多くなると電気が多く流れる性質があるので、肥料分のコントロールにEC値を目安にする。
この数値が高すぎると、養水分の吸収が悪くなり、延いては根の張りも悪くなり、植物が傷むことが懸念される。
基準値から大幅に外れることなどがあったら、肥料で調整して正常値に戻していく。
これを「肥培(ひばい)管理」といいます。
「肥培管理をしないと植物が肥料を吸収できなくなってしまうんだ。 まず肥料を吸収できる環境を作る必要があるんだ。」
植物の調子がなんだかおかしいなという時、肥料をやっても調整できなくなってしまうのです。
働き者で手足が止まることのない森田さんには、朝の挨拶も中途半端のまま、森田さんの圃場管理に突撃探検隊となりました。
さて、森田さんが生産環境の上で大切にしていることは大きく3つ。
■水と空気と太陽と・・・ 森田さんにカーネーションの生産で大切なことを伺いました。
「水と空気と太陽。これが植物が育つ三要素。これをいかに整えていくかが重要なんだ。
人間が生きていくためには何が必要や?水と空気と太陽やろ。それと一緒やわ」
という森田さん。植物が育つ三要素を聞かれて、思わず「土」を入れてしまいましたが、土は三要素に含まれていません。土や肥料は条件ということです。
【水】
冒頭でご紹介したように、リトマス試験紙で水のpHやECをチェックするのが一つ。
また、灌水方法も森田さん流のポリシーがあります。
灌水スイッチを押す森田さん。押した途端に水がカーネーションの足元からシャワ~ッと噴出します。
(↓灌水中)
「これは、灌水方法の最先端ではない!」
で、で、ではない・・・!?
「ではない」ことを強調しつつ、なぜあえてシャワー灌水をされるのでしょう。
「新しい方法は点滴形式なんだけど、わたしは点滴は好きじゃないんよ。 ポタポタ落ちるから、水が落ちたところにしか水や養液がいかんやろ。
もっと株全体に水がいきわたった方がいいんよ。管理しやすいしね。純粋に好き嫌いの問題なんだけど。
最新のものが常に最善とは限らないからね。」
水遣りひとつとっても森田さんのポリシーを垣間見ることができます。
【空気】
空気、つまり温度や湿度、風通しです。
暑さ対策も欠かせません。 カーネーションの原産地は、地中海沿岸の地域。 風通しが良く、夏場も日本ほどの猛暑にならない地域で生まれたことを思えば、カーネーションが暑さにそれほど強くないことは想像に難くないと思います。
取材中も太陽が高くなると、森田さんは、
「ちょっとクルクル行ってくるわ!」
と駆けだして、ハウスの側面のビニールを巻き上げました。
↓クルクル中の森田さん。
こうすると、ハウスの側面が空いて、風通しが良くなります。気温や湿度が高くなりすぎないよう、絶えず換気に気を配ります。
【太陽】
カーネーションはとりわけ日照を好みます。日照量が足りないと発色もいまいち、植物体の元気もなく良い花はできません。
しかし、いくら"神の花"と呼ばれるカーネーションを栽培している森田さんといえども、周年出荷を実現するのにお天気のコントロールをするのは至難の技です。
「そこで、使っているのがコレ」
コレ?? どれ??
あ、コレ??
通路に敷いたシルバーのマルチシート。太陽の光を反射するため、畝の中と通路とに敷き、空からの太陽光を最大限に生かします。
「太陽と水と空気の条件を整えるのに手抜きは絶対できない」
良い花を生産するための三原則です。
とはいえ、培土も無視できるものではありません。
■培土・・・こだわりのベンチ栽培
森田さんはロックウール栽培と土耕栽培と両方を使います。土耕から始めましたが、徐々にロックウールに変えているところです。
ロックウールとは玄武岩や石灰などを原料した人造鉱物繊維。このスポンジのことです。今や農業生産では花きのみならず広く培地のスタンダードとして世界中で用いられています。
でもなぜロックウールに変更しているのですか?
「ロックウールの方が作業性が圧倒的にいいからさ!
植え替えるときに土を興す必要も堆肥を入れる必要もない。ロックウールのベッドをパタンとひっくり返し、蒸気消毒をすればいいだけだから、土に比べたら労働力が全然違う。」
それでいてロックウールと土耕とで出来上がりの商品に差はありません。少なくとも森田さんの圃場の中においては。
もう一つ森田さんのベンチには秘密があります。
こちらの、地表から少し上がった「隔離ベンチ」です。
培地が地表に直接付かず、隔離されているから「隔離ベンチ」。
「地表にベンチが近い人ほど生育が安定している。高いベンチほど培地の温度が不安定になるから、その分、地温にも気を付けんにゃならんということ。培地の温度が乱高下すると肥料を吸収しにくくなるということだ。」
森田さんのベンチは高い方ですか、低い方ですか?
「まあ、低くはないわな。 ほれ、見てごらんよ。地に着いとらんやろ。」
でもなぜ、生育が不安定になるのに高めにベンチを作るのでしょうか?地温が安定して作りやすい方がいいのでは?
「それは大きく2つある。
① 病気防止:地表と接着していると、ウィルスなどの病気が蔓延しやすいから。」
う~ん、なるほど、これは重要ですね。病気を防ぐため。もう一つは?
「② 作業効率アップ :高くすることで、ちょうど人が立った状態で腰を曲げずに作業をすることができる。 ベンチの下に足(フット部分)を入れて作業できるでしょ。それだけでも労働生産性が高くなるわけだ。」
なるほど、病気の防止と作業性を考えてベンチを10cmほど上げているわけですね。
「ベンチの下に手を入れてみ?!」
え? w(゚ロ゚;w?ベンチの下にですか?
こんな感じ? ・・・と手をベンチの底に当ててみると・・・ ・・・ん??(・_・?)
あら??なんだか底の部分が波々しちょる?なんでジャ?
底はフラットではなく、3-4cm程度の幅で波うった、京都の千寿せんべい(波形でクリームを挟んだクッキー)のようにうねうねしています。
こッ、これは?
「その波々はトタン屋根になっている素材を使ったんよ。 この屋根。 」
と森田さんが指を差したその先を見上げてみると・・・!?
や、屋根!!(ノ゚ο゚)ノ
「この波打った屋根を使うんよ。重ねて使うことで、畝の幅を調節できる。広くも作れるし、狭くも作れる。」
説明しましょう!
つまり、こういうことです。
このうねうねをたくさん重ねれば畝幅を狭くすることができるし、2-3こにすれば広くすることができる。なんというアイディアでしょう。
「国内生産者さんに教えてもらったり、自分で模索して、独自のこの方式を取り入れたんだ。 」
森田さんのベンチは森田さん考案のオリジナルベンチ。 普段は頭の上にあるものと、足元に使ったというわけですね。
森田さんのカクリベンチにはカラクリがたくさん! まさに森田さん流カクリベンチならぬカラクリベンチ!
「でもここに辿り着くまでに10年くらいずっと悩んでいたよ。」
という森田さん。ベンチ栽培は大型投資。大型鉄骨のハウスでないとなかなか設計できません。
大型投資に踏み切ったのにはきっかけがありました。
「またね、そのころこの辺りでイチョウ病という病気が流行ってね。」
イチョウ病?胃腸病なら私もよくお世話になっていますが・・・?
「ちゃうわッ!
萎凋病(イチョウビョウ)だよ。」
萎凋病とは、カビが原因で植物の導管(水を吸い上げる道)がバクテリアで腐ってしまうという病気。一度発病してしまうと対策を取るのが難しく、最後は株ごと枯れてしまうので、生産者にとっては頭の痛い病気です。
「人間でいえば、血管が詰まる病気と同じだから致命的だよね。
それが根からも茎からも出て、ウチでも発生してしまったんだ。 蒸気消毒をすれば消毒できるということは分かったんだけど、土耕栽培のまま消毒しても地中からどんどん萎凋病が上がってくるから、完全に消毒することはできない。
隔離ベンチにしなくては病気も隔離できない。そこで米国やヨーロッパでカーネーションの産地を巡り、自分の目で見て、"カーネーションの生産とはこういうものだ"というスタンダードを知って、腹が据わったんだ。
投資金額が大きいだけにつまり一生やる!っていう腹づもりがないとなかなか隔離ベンチにはできないわけよ。私の20代はその決心がつくまでの葛藤だったね。」
という森田さんの葛藤の青春時代のお話を伺ったところで、後編に続きます。後編では知られざる森田フラワーガーデン様にさらに深く潜入です!
<写真・文責>:ikuko naito@花研