アングル:環境専門家の拘束相次ぐベトナム、再生エネ協定に懸念も

アングル:環境専門家の拘束相次ぐベトナム、再生エネ協定に懸念も
 ベトナムのクリーンエネルギー移行を支援する数百億ドル規模の気候変動協定を巡り、環境活動家から一時停止すべきとの声が上がっている。写真は2017年7月、同国バクリエウ省にある風力発電所で撮影(2023年 ロイター/Kham)
[クアラルンプール 20日 トムソン・ロイター財団] - ベトナムのクリーンエネルギー移行を支援する数百億ドル規模の気候変動協定を巡り、環境活動家から一時停止すべきとの声が上がっている。政府が環境保護の専門家への抑圧を強化し、エネルギー転換によって打撃を受けるコミュニティーを支援する取り組みが脅かされているためだと、活動家らは指摘する。
主要7カ国(G7)は昨年末、気候変動に影響を及ぼす石炭火力への依存から脱却するための支援金として、ノルウェー、デンマーク、欧州連合(EU)とともに155億ドル(約2兆3340億円)をベトナムに拠出することで合意した。発展途上国での温室効果ガス排出削減にかかる資金を援助する取り組みは、南アフリカやインドネシア、セネガルでも同様に進められている。
ベトナムの「公正なエネルギー移行パートナーシップ(JETP)」は、メディアや社会、非政府組織(NGO)などと常に協議を行う重要性について強調している。
だがハノイ警察は先月、環境に配慮したエネルギー政策を専門とする独立系シンクタンク「ベトナムエネルギー移行イニシアチブ」のゴ・ティ・ト・ニエン代表を拘束。報道によるとニエン氏は、国有の電力事業に関する「文書を不正に入手した」疑いがあるという。
「ニエン氏の拘束を受け、(支援国などは)こうした状況下でJETPの交渉を進めることに深刻なためらいを感じるはずだ」と、モーリーン・ハリス氏はトムソン・ロイター財団が運営するニュースサイト「コンテクスト」の取材で話した。米国を拠点とする非営利組織「インターナショナル・リバーズ」でシニアアドバイザーを務めるハリス氏は、こう続けた。
「これ以上進める前に、拠出者やその他の利害関係者は、権利に基づく強固な保護方針を確立すべきだ。報復措置に対する明確な備えと環境問題専門家の保護を盛り込み、JETPに特化させた内容にする必要がある」
<「社会的合意」には協議の必要性も>
2021年中盤以降、エネルギー関連の環境問題に取り組むベトナム人が拘束されたのはニエン氏で6人目だ、とハリス氏は言う。あらゆる面で「公正な」エネルギー移行を実現させるためには、環境活動団体を保護するJETPの体制準備が今こそ必要に迫られていると訴えた。
今年9月、環境保護団体で代表を務めるホアン・ティ・ミン・ホン氏に対し、懲役3年が言い渡された。また、著名な環境活動家グイ・ティ・カン氏は2022年から2年間の服役中だ。2人は他のベトナム人環境活動家らと同様、税金に関する容疑で起訴されている。
ある政府職員によれば、米バイデン大統領が9月にハノイを訪問して以降、米政府はベトナムに対して人権を尊重し保護するよう頻繁に呼びかけているという。
EUの広報担当者は、今回の拘束やJETPに関するコメントは差し控えたものの、EU外交部が10月上旬に発表した声明を引用してホン氏の判決に対する懸念を表明した。
同声明は、「幅広い社会的合意を確実にするため」の協議が必要不可欠だとJETP共同発足宣言に明記されていると指摘。ベトナムに対し、「JETPの一環として政府以外の関係者とも協議するなど、国際的な取り決めと矛盾がないことを保障する」よう求めている。
英外務省は今月上旬に公表されたホン氏の判決に関する声明に触れ、ベトナムがJETP協議に参加する責任について指摘したほか、「不当な待遇を受け、標的にされ、起訴される」ことなく市民社会団体が機能し活動できるよう当局が保障することを要請した。
ノルウェーのアンドレアス・クラビク外務副大臣もまた、ホン氏の拘束に対する懸念を表明。ベトナムはJETPのもとで「メディアやNGO、その他の関係者との建設的な協議・参加」を行うことを約束している、と指摘した。
ベトナム、デンマーク、米国の外務省にもコメントを要請したが、返答は得られていない。
国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」のアジア地域ディレクター、フィル・ロバートソン氏はニエン氏の拘束について、環境問題研究者に対する取り締まりが拡大しており、いまや技術的専門家までもが対象になっていると話す。
ロバートソン氏によれば、ニエン氏は国連開発計画(UNDP)や世界銀行といった主要国際機関による気候変動対策案の作成に携わっていたという。
複数の活動家らが拘束・収監されている状況下ではベトナムJETPを進めるべきではない、とロバートソン氏は述べ、彼らの早急かつ無条件での釈放要請を官民双方から強めるよう資金援助国に呼びかけた。
「ベトナム政府は目を覚まして、政権が抱く環境活動への強い恐怖感は全く正当化できないこと、活動家は同国の与党共産党を引き下ろすことが目的ではなく、むしろ国の有益のために動いているということを直視しなければならない」
<過去2年で相次ぐ活動家の収監>
JETPは今後5年間、ベトナムで石炭から太陽光や風力といったクリーンエネルギーへの移行を加速させ、雇用を創出するため、支援国政府と商業銀行が半分ずつ拠出する形で資金提供を行うことが期待されている。
現在、石炭使用量で上位20カ国に入るベトナムのエネルギー政策は、10年以内に石炭火力の割合を制限し、発電量全体の約半分を再生可能エネルギーに転換することで、排出量のピークを2035年から30年に前倒しさせる見通しだ。
東南アジアの環境活動家の一人は報復の恐れから匿名を条件に取材に応じ、ニエン氏の拘束は、約2年前から続いている流れの中で起きた「遺憾で、憂慮すべき、気がめいり、憂鬱(ゆううつ)になる事案」だと述べた。
「これまでに起きた複数件の逮捕が既に、ベトナムの市民社会団体を恐怖に陥れ、萎縮させている」
ただ、この活動家によればJETPの拠出国は、環境問題研究者らの拘束や収監について懸念を表明している一方、プロジェクトの進行を止めなくてはならない一線だとは考えていないという。
環境団体「350.org」の広報担当者で英国在住のナムラタ・チョーダリー氏は、自分の裁判などに直面したベトナム人活動家らは、JETPの成功や他のサステナビリティー(持続可能性)の実現に向けた貢献度が制限されてしまうと指摘する。
この波紋が拡大すれば、他の人々も活動や団体への参加に消極的になり、環境負担が少なく安価なエネルギーの導入などといった国際的な持続可能目標の達成を妨げる恐れもある、と同氏は懸念を示す。
ニエン氏ら環境保護専門家の拘束についてチョーダリー氏は、「市民社会団体への参加を抑制するためとさえ思える」タイミングで行われた、と述べた。

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