ウクライナに兵器を供与し続けることが正義なのか 「停戦」を呼びかけた意見広告から考える

2023年6月4日 12時00分
 先月中旬、日本では東京新聞などに、米国ではニューヨーク・タイムズ紙に、ウクライナ戦争の停戦交渉を提唱する大型の意見広告が出された。別々のグループによる呼び掛けだが、共通するのは欧米からの大量の兵器投入による戦闘の激化が世界大戦や核使用につながりかねないという危機感だ。日本での意見広告を取りまとめた和田春樹・東大名誉教授と伊勢崎賢治・東京外大名誉教授に提唱の真意を聞いた。(稲熊均)

◆「戦争をあおるのではなく、停戦のテーブルを」

 意見広告は本紙掲載(先月13日)が先進7カ国(G7)首脳らに、ニューヨーク・タイムズ掲載(同16日)がバイデン大統領らに呼びかけた声明となっている。
 日本の発起人は和田、伊勢崎両氏を含め社会学者の上野千鶴子さん、政治学者の姜尚中さん、作家高村薫さんら32人の有識者。米国はジャック・マトロック元駐ソ連大使、デニス・ライヒ退役陸軍少将といった外交官や軍の元高官ら14人が名を連ねる。
 それぞれの趣旨は—。

【東京新聞での意見広告】

 「今やウクライナ戦争は北大西洋条約機構(NATO)諸国が供与した兵器が戦争の趨勢すうせいを左右するに至り、代理戦争の様相を呈している。おびただしい数の犠牲者を出している戦争が続けば、影響は別の地域にも拡大。核兵器使用の恐れもある。広島でのG7サミットに参加する首脳に求めます。武器を供与し戦争をあおるのではなく、ロシアとウクライナの停戦のテーブルを作ってください」

東京新聞に載った意見広告

【NYタイムズでの意見広告】

 「戦争の直接の原因はロシアの侵略にある。それでもNATO拡大が(ウクライナの加盟で)ロシア国境にまで及ぶ計画が現実味を帯びてきたことで、ロシアに恐怖を抱かせたことは否定できない。ロシアの指導者は30年間、危惧を発し続けてきた。米国内でもNATO拡大の(ロシアの軍事行動を招く)危険性に警告を発する声もあったが、後戻りできなかった。背景には兵器の売買によって得られる利益もあった」
 「(ウクライナ戦争での)衝撃的な暴力の解決策は、兵器の増強や戦争の継続ではない。軍事的な激化は制御不能になりかねない。人類を危機にさらす前に、戦争を迅速に終わらせるための外交に全力を挙げることをバイデン大統領と議会に求めます」

NYタイムズに載った意見広告 タイトルは「米国は世界の平和のための力であるべき」

◆長引く戦闘で広がってきた危機感

 2本の意見広告が掲載されて約20日たつが、停戦交渉どころか、戦闘はむしろ激化している。広島サミットでも、ウクライナへの軍事支援とロシアへの経済制裁の強化に重点が置かれた。それでも和田、伊勢崎両氏とも、米国でこのような意見広告が出たことに国際社会の停戦機運の大きな変化を感じている。

(左から)伊勢崎賢治・東京外大名誉教授、和田春樹・東大名誉教授


 「昨年5月にも私たちは停戦交渉の開始を国連事務総長に求める書簡を送っている。当時、欧米の有識者にも呼びかけたが、ほとんど応じてもらえなかった。ロシアの非道を許さずウクライナの正義のために軍事支援するというのが民主国家の『正論』で、停戦の呼び掛けはそれに背くものとして受け入れ難かったようだ。今は『正論』にのみ固執することへの危機感も広がっている」(伊勢崎氏)
 「NYタイムズでの声明は元軍人や外交官ら安全保障の専門家の訴えという意味も大きい。この戦争の継続が人類にとって危険という警鐘は多くの市民にも響いている」(和田氏)

◆代理戦争から直接戦争へ 戦術核使用の危機

 現在の戦況は、ウクライナの反転攻勢が間もなく始まると見込まれている。その関連かは不明だが、ウクライナとの国境に近いロシア西部のベルゴロド州で「反プーチン武装勢力」を名乗るグループが破壊活動を散発させている。
 伊勢崎氏は「ドローンによるロシア国内での攻撃も多発している。クレムリンへの攻撃もあった。NYタイムズによると、米国当局者はウクライナが関与していた可能性があるとみている。真偽は不明でも、こうしたロシア国内での攻撃によりプーチン政権が戦術核の使用に踏み切る恐れは否定しきれない」と危惧する。

ウクライナの無人機攻撃後による建物の損傷を修理する作業員=5月30日、ロシアのモスクワで(AP)

 NATO諸国がF16戦闘機をウクライナに供与することについては、ロシアの元軍幹部が「F16がロシア領内を攻撃した場合、(欧州の)戦闘機の基地を攻撃しなければならない。大戦になりかねない」とけん制している。伊勢崎氏は「現在の『代理戦争』に近い状況が、ロシアとNATOの直接の戦争という悪夢に陥る前に停戦を実現しなければならない」と強調する。
 戦況が激化する中で限りなく不可能にも思えるが、伊勢崎氏は国連職員として世界各地で紛争処理の実務に当たってきた経験から、「歩み寄る糸口は探せば必ずある」と考える。
 「ウクライナの穀物輸出を安全に再開させるためにトルコの仲介でロシアと合意した『人道回廊』の措置は部分的な停戦です。双方の譲歩を引き出せるカードを探し、影響を及ぼせる国が仲介することが重要だ」
 ロシアのウクライナ侵攻から間もない昨年3月末には、両国の停戦協議がトルコで開催され、ロシアが占領したクリミアの地位は15年かけ交渉すること、さらには戦闘の続くウクライナ東部についても両国首脳間で協議することなどで大幅に歩み寄ったこともある。停戦への光明がいったんは見えかけていたのだ。

◆問われる米国、そして日本の役割

 ところがほぼ同じ時期、バイデン大統領がワルシャワでの演説で、専制主義との闘いに「全力を尽くす」と強調し、「プーチン氏は権力の座にとどまってはならない」とまで非難した。その後、キーウ近郊ブチャで惨殺された多数の遺体が発見され、ウクライナ側はロシア軍の虐殺と非難。両国の停戦協議は吹き飛んだ。欧米からウクライナへの軍事支援も急増。ゼレンスキー大統領も今ではクリミアも含めてウクライナ領内からのロシアの完全撤退を要求している。
 和田氏は「バイデン演説は大きな影響力を持ちウクライナを強硬にさせただろう。ただ、最近の米国からの情報ではゼレンスキー大統領の要求には米国も距離を置き始めているようだ。かつて朝鮮戦争の停戦協議で米国は韓国の説得に手を焼いたが、今回の戦争も停戦に道を開く上で、米国がウクライナをどう軟化させるのかも焦点になるかもしれない」と分析する。

ウクライナのゼレンスキー大統領(2022年12月撮影)


 伊勢崎氏は一方的に侵攻したロシアの戦争責任を追及するためにも停戦が必要と強調する。「戦争犯罪は国際刑事裁判所など国際司法の場で裁くため、公訴の証拠が必要です。停戦により両軍が撤退しなければ犯罪の証拠を調査できない。ロシアには不利でのみにくい。だからこそ、例えば欧米からのウクライナの兵器供給を停止、あるいは大幅に縮小するとか、大胆な譲歩のカードが必要です」
 そのうえで、こう訴える。「既に中国が停戦を提案している。これにインドはじめ中立の立場を取るグローバルサウスの国々も仲裁に加わることができないか。最も重要なのは米国が停戦にどのような立場を取るかだ。被爆国であり平和憲法をいただく日本には、米国を停戦の仲介者に巻き込む役割を演じてほしい。そうしたかつてない国際的な協調がないと、停戦のテーブルは作れない」

◆デスクメモ

 トルコでの「停戦協議」が行われたのは、ウクライナ侵攻の開始直後。それが実らず、死傷者は増え続け、互いに引くに引けない状況が強まった。憎しみの連鎖は世代を超えて続くだけに、これ以上広げてはならない。「止める」ための提案に、もう一度知恵を絞るべきタイミングだ。 (本)

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