道北に「風力発電専用」の送電線 なだらかな丘に風車林立、夜間の明滅「怖い」

(上から時計回りに)風力発電のために新設された送電線。稚内から南へ約80キロ続いている▷世界最大級の蓄電施設を備えた変電所▷なだらかな丘に風車が立ち並ぶ=いずれも北海道豊富町▷自宅から風車を見つめる農家の男性(いずれも坂本隆浩撮影)
(上から時計回りに)風力発電のために新設された送電線。稚内から南へ約80キロ続いている▷世界最大級の蓄電施設を備えた変電所▷なだらかな丘に風車が立ち並ぶ=いずれも北海道豊富町▷自宅から風車を見つめる農家の男性(いずれも坂本隆浩撮影)

風力発電開発の国内最大手が今年4月、北海道北部で風力発電専用の送電線を稼働させた。わが国最北端の稚内市から南へ約80キロ続き、札幌など大消費地へ電力を送る。総事業費1050億円の4割は国が補助した。背景には、道北地域が風の適地として、大規模開発の「草刈り場」となっている現状がある。一方で、林立する風力発電所のため暮らしに大きな影響を受けている人々の姿もあった。

4割は公金投入

高さ最大約60メートルの鉄塔が、なだらかな牧草地にいくつも連なっていた。北海道豊富町。人口約3600人に対し、牛が約1万2千頭いるという酪農の町を、新たな送電線が縦貫する。

建設したのは風力発電開発の国内最大手で、豊田通商の子会社「ユーラスエナジーホールディングス」(東京都)や地元の金融機関などが出資する事業目的会社「北海道北部風力送電」(稚内市)。平成30年に着工し、今年4月12日、稚内市から中川町まで1市4町を通る77・8キロの送電設備が商業運転を始めた。

道北地域は安定した風況が得られることから、再生可能エネルギー(再エネ)の導入を推進している国は平成25年、この地域を「特定風力集中整備地区」に指定した。一方で、人口が少ないため送電設備の脆弱さが指摘されていた。

送電網は、269基の鉄塔で送電線をつなぎ、中川町の西中川変電所で北海道電力ネットワークの電力系統へ接続。電力は札幌など大消費地へ送られる。9月時点で受け入れている送電量は3社の3発電所から計19万キロワット。年内には21万キロワットまで増える見込みだ。

さらに、令和7年春までに3社の9発電所、計127基の風車で発電された計54万キロワットを送電する。これは現在の道内の風力による発電規模の2倍に当たり、都道府県別で青森、秋田両県を抜いて全国一となる見込みだ。

巨大な蓄電施設

送電網の途中にある北豊富変電所を訪ねた。国内最大規模の蓄電施設を備える。風力発電は風が吹かないと稼働できないことから、容量72万キロワット時という世界でも最大級の蓄電池に電力をためておくことで、送電量を一定に保つための設備だ。

周囲には牧場しかない丘陵地の真ん中に、無機質な施設が立ち並んでいた。頑丈な観音扉のゲートをくぐると、2階建てほどの高さの建物や送電線がつながったいくつもの鉄塔が視界に入ってきた。

敷地内に2棟ある巨大な蓄電施設は、いずれも幅45メートル、奥行き200メートル。内部の温度は20度前後に保たれ、やや肌寒い。時折、蓄電池から送電する際の低くこもった音が空調音とともに室内に響く。

整然と並ぶ格納棚には「セル」と呼ばれる弁当箱のようなサイズのリチウムイオン蓄電池が1棟当たり330万個ずつ収められている。北海道北部風力送電の吉村知己社長は「簡単に言うと、大きめのスマートフォンのバッテリーがたくさん集まった感じです」と説明する。

ユーラスエナジーの諏訪部哲也社長は5月の竣工式で「道北は恵まれた風況、なだらかな丘、広大な土地の3点がそろい、安価な風力発電に最適な環境だ。日本のエネルギー政策を考えれば、こういった場所で風力を拡大しコストを下げていくべきだ」と語った。

自宅の目の前に

なだらかな丘に、白いフィルムにまかれた牧草ロールが点在する。だが、目の前の丘は平らに整地され、巨大な風車がいくつも姿を現していた。

「送電線ができても、電力はここを通り過ぎて都会へ送られていく。美しい自然が壊されるだけで、地域には何のメリットもない」

道北地域へ移住して農業を営む40代の男性は、自宅からわずか1キロの場所に建設中の風力発電施設を見上げながら、こう話した。

男性一家が移住してきて間もなく、風力発電計画が浮上。同世代の仲間とともに、事業者に対し丁寧な説明を求めていたが、地権者が賛成したことで、十分な議論もできぬまま建設が決まったという。

「地権者は地元の有力者だった。反対していた仲間も、くしの歯が欠けるように減っていった」

事業者側の対応には強い不満がある。当初の計画案で自宅近くに風車1基を建てる計画があり、「離れた場所にずらしてほしい」と要望した。だが、実際に建ったのはさらに自宅に近い場所だった。

事業者は「環境省から野鳥の飛来コースに当たるとの指摘を受けたための変更」と説明したといい、「国の基準をクリアしている」の一点張りだった。建設後の影響を尋ねると、「私は神様ではないので分からない」と言い放ったという。

幼いわが子は、日が落ちた夜間、風車の航空障害灯のビカッ、ビカッと白く明滅する光を「怖い」と言うようになった。

航空障害灯は、航空法により設置が義務づけられている。やはり目の前に風車が建ったという知人からは、白い点滅が台所の窓から家の中に差し込むようになり、日常生活に影響が出ていると聞いた。

テレビの映りや携帯電話の電波状況の悪化など、風車との関連性を疑う仲間も多く、低周波音による頭痛や耳鳴りなど健康への影響も心配という。「被害が出たときは稼働しないでほしい」と訴える。

反対がないから

男性は関東地方の大都市から移住してきた。地方で発電された電力が都市部で消費される構図には一定の理解を示す一方で、こう問いかける。

「煌々(こうこう)とした繁華街のネオンを見ると、本当にここまで電力が必要なのかと考えてしまう。都市に暮らす人たちがほんの少し節電するだけで、私のように自宅の目の前に風車が作られることもなくなるのではないか」

平成23年3月の東京電力福島第1原発事故を機に、国は太陽光や風力などの再エネを推進してきた。同年12月には、ソフトバンクが稚内市など道北の11市町村に打診して、大規模な風力発電群の建設を目指す研究会を発足。翌24年2月、送電線整備への政府の積極的関与などを国に要望していた。

令和2年には、当時の菅義偉首相が2050年に温室効果ガス排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を宣言。政府が「再エネの主力電源化」を掲げる中、陸上、洋上の各風力発電の開発が大規模化していった。さらに風の適地などの関係から、北海道や東北など同一地域への事業の集中が起きている。

このため景観や自然破壊、低周波音による健康被害などをめぐって、地域住民との合意形成が各地で課題となっている。

道内では6月、大手総合商社の双日が計画していた小樽市と余市町にまたがる大規模風力発電計画が、市長の反対などを機に中止された。8月には、5つの大規模風力発電事業が進む宮城県加美町の町長選で、反対派の新人が推進派の現職を破り初当選。10月10日には、ユーラスエナジーが青森県の八甲田山系で進めていた巨大開発計画「(仮称)みちのく風力発電事業」が知事や地元市長らの反対を受け、取りやめとなった。

ある風力発電事業者は「『道北は誰も反対しないので、あそこはこれからも集中してやっていく』と聞いた」と話す。人口の多寡や住民の関心の度合いにより、事業の行方が大きく変わっていくという現状が垣間見える。

風発の草刈り場

環境省北海道地方環境事務所の「風力発電一覧」などによると、道内では9月時点で陸上風力発電357基が稼働しており、さらに1753基が計画され、総数は2100基を超える。

「北海道は、風力発電の草刈り場となっている」

住民団体「北海道風力発電問題ネットワーク」(石狩市)の佐々木邦夫代表(55)は「風力発電を否定するものではない」とした上で、「再エネ開発を進めるのなら、国が主導して各地の環境モニタリングをしながらデータの集積と解析を進め、その影響を把握した上で現場に反映する仕組みが必要だ」と指摘する。

佐々木さんは、国内で進む風力発電の開発現場を数年かけて出向き、土砂災害発生の懸念や、希少な野生動植物や自然景観への影響などを調べた。その結果、十分な確認がなされないまま整備が進んでいく状況を目の当たりにしたという。

風力発電の事業者が開いた風車の建て替え工事に関する説明会では、「風車の軸やブレードなどは産業廃棄物として撤去するが、地中深くに埋まった鉄筋コンクリートの基礎部分はそのまま残す」と説明され、驚いたこともあった。

「別の事業者からは『基礎を撤去すると、土砂崩れを誘発する懸念がある』とも聞いた」。ほとんど知られていない問題だという。

洋上風力も促進

「北海道の風力発電事業は、まだまだ伸びる」

7月に札幌市で開かれたイベント「北海道洋上風力フォーラム」に出展した事業者はこう語った。

「陸上風力は多くの事業が始まっているが、洋上はこれから。企業としてうまみがあり、期待している」

室蘭市で洋上風力を進める協議会が主催したこのイベントには、10社を超える大手企業が出展。自社の取り扱い製品や工事技術などをアピールした。

国は再エネ普及の「切り札」として、陸上より風が安定して吹き、住民との軋轢が生じにくい洋上風力を促進。ここでも北海道は計画がめじろ押しで、道内の風車基数は洋上風力の計画分も加えると、3千基を超えるとの見方もある。

佐々木さんは「さまざまな問題点をゼロにするのは難しいが、可能なかぎり排除して『よい再エネ』を作っていかないかぎり、持続可能にはならないのではないか」と話す。

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